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ヘーゲル左派日本語研究文献目録
(マルクス・エンゲルス・フォイエルバッハを除く)

柴田隆行、編

凡 例

 1、本目録は1995年8月現在での、ヘーゲル左派関係の日本語文献目録である。
 2、本目録から、一部例外を除くマルクスとエンゲルス関連文献を抜いた理由は、点数が多くてフォローできないためとそれに関する文献目録は別にあるからである。フォイルバッハ関連文献を抜いた理由は、柴田隆行編「フォイエルバッハ日本語文献目録」を別途作成してあるからである。
 3、配列は公刊順とし、同年の場合は著者の五十音順とした。
 4、本目録はいまだ不十分なものであり、多々遺漏や誤記があると思われる。お気づきの点があればぜひ編者までお知らせ願いたい。

 煙山専太郎編著『近世無政府主義』、東京専門学校出版部、1902
 マルクス・エンゲルス著、堺利彦・幸徳秋水訳『共産党宣言』、1904
 大杉 栄「唯一者――マクス・スティルナー論」、『近代思想』1-12、1912
 大杉 栄「意志の教育――マクス・スティルナーの教育論」、『近代思想』3-2、1915
 スチルネル著、辻潤訳「万物は俺にとって無だ」、『生活と芸術』、1915
 スチルネル著、辻潤訳「唯一者とその所有」全4回、『科学と文芸』、1918
 スチルネル著、辻潤訳「唯一者とその所有(人間篇)』、日本評論社出版部、1920
 スチルネル著、辻潤訳『自我経』、改造社、1921
 スチルネル著、辻潤訳『自我経』、冬夏社、1921
 辻 潤「『自我経』の読者へ」、『朝日新聞』1922年2月9日
 マルクス・エンゲルス著、櫛田民蔵・森戸辰男訳「『独逸的観念形態』第一篇フォイエルバッハ論」、『我等』5・6、1926
 森戸辰男「スチルナアの無政府主義とマルクスの国家観」、『大原社会問題研究所雑誌』5-1、1927
 森戸辰男「『唯一者』の結構」、『大原社会問題研究所雑誌』5-1、1927
 スチルネル著、辻潤訳『唯一者とその所有』、春秋社(世界大思想全集、29)、1928
 スチルネル著、辻潤訳「藝術と宗教」、春秋社(世界大思想全集、29)、1928
 スチルネル著、辻潤訳「ユウゼエヌ・スウの『巴里の秘密』」、春秋社(世界大思想全集、29)、1928
 スチルネル著、辻潤訳「誤まれる現代教育の原理――或は人道主義と現実主義」、春秋社(世界大思想全集、29)、1928
 スティルネル著、生田長江・高橋清訳『唯一者とその所有』、平凡社(社会思想全集)、1928
 スティルネル著、草間平作訳『唯一者とその所有』上下、岩波書店(文庫)、1929
 スチルネル著、辻潤訳『唯一者とその所有』、改造社(文庫)、1930
 マルクス・エンゲルス著、櫛田民蔵・森戸辰男訳『ドイッチェ・イデオロギー』、我等叢書第四分冊、1930
 マルクス・エンゲルス著、由利保一訳『ドイッチェ・イデオロギー』、希望閣、1930
 マルクス・エンゲルス著、三木清訳『ドイッチェ・イデオロギー』、岩波書店(文庫)、1930
 マルクス・エンゲルス著『マルクス・エンゲルス全集』第15巻:ドイッチェ・イデオロギー、改造社、1930
 本多謙三「初期社会主義諸思想」、三木他『社会史的思想史』、岩波書店、1932
 モーク著、土方定一訳『ヘーゲル学派史』刀江書院、1932
 レヴィット著、坂田太郎訳「ヘーゲルおよびその学派の哲学の問題としての労働」、『哲学評論』3-5、1948
 松尾邦之助『マックス・スティルナアの思想と生涯』、星光書院、1949
 松尾邦之助「辻潤とスチルネル」、『ニヒリズム研究』2、1949
 重田晃一「初期マルクスと青年ヘーゲル派」、『経済論集』(関西大)7-7、1958
 レーヴィット著、柴田治三郎訳『ヘーゲルからニーチェへ』上下 岩波書店、1952-53
 広美源太郎「ボルンとシュレッフェル」、『学芸学部紀要』(和歌山大)8、1958
 畑 孝一「モーゼス・ヘスの社会主義」、『一橋研究』5、1959
 山中隆次「少壮ヘーゲル学派のヘーゲル批判――その一典型としてのA・ルーゲ(1802〜80)」、『経済理論』51,52、1959
 東畑隆介「シュテファン・ボルンとドイツ労働運動」、『史学』(慶応大)32-4、1960
 良知 力「ドイツ初期社会主義における歴史構成の論理――ヴィルヘルム・ワイトリングとモーゼス・ヘスをめぐって」、『経済史林』27-3/4、1960
 畑 孝一「モーゼス・ヘスにおける人間の自己疎外把握について――ヘスとマルクスとの関係に関する考察」、『一橋論叢』46-1、1961
 山中隆次「最近のヘス研究から」、『経済理論』60、1961
 山中隆次「ヘスとマルクス――経済的疎外観を中心にして」、『経済理論』62,63、1961
 野地洋行「モーゼス・ヘスにおけるフランス社会主義――『社会主義と共産主義』をめぐって」、『三田学会雑誌』55-8、1962
 畑 孝一「オーギュスト・コルニュのヘス研究」、『一橋研究』8、1962
 畑 孝一「ヘスとマルクスにおける人間観と労働観」、『一橋論叢』50-1、1963
 畑 孝一「ヘスとマルクスの方法について」、『一橋研究』10、1963
 向井 守「ヘーゲル左派としてのマルクス」、桑原武夫編『ブルジョワ革命の比較研究』、筑摩書房、1964
 山中隆次「チェシコフスキーのヘーゲル批判――マルクスへの道として」、『経済理論』(和歌山大)88、1965
 シュティルナー著、片岡啓治訳『唯一者とその所有』、現代思潮社、1966
 渡部光雄「キルケゴールとヘーゲル左派」、『酪農学園大学紀要』2-2、1966
 渡部光男「キルケゴールとヘーゲル左派」、『キルケゴール研究』3、1966
 良知 力『ドイツ社会思想史研究』、未来社、1966
 畑 孝一「ルカーチとコルニュのヘス研究」、『横浜商大論集』1-1、1967
 山中隆次「ヘスとマルクス――ドイツ古典哲学とフランス社会主義の結合を中心にして」、経済学史学会編『資本論の成立』、岩波書店、1967
 山本晴義「若きマルクスについて――マルクスとブルーノ・バウアーを中心に」、『大阪経大論集』66、1968
 良知 力「初期マルクス発展史ノート(2)――ブルーノ・バウアーの批判『無神論者ヘーゲル』を中心に」、『経済志林』35-1、1967
 大井 正『唯物史観の形成過程』、未来社、1968
 廣松 渉『エンゲルス論――その思想形成過程』、盛田書店、1968
 メーリング著、足利末男他訳『ドイツ社会民主主義史』全2巻、ミネルヴァ書房、1968
 良知 力「マルクスと真正理論のテロリズム」、1968
 小沼大八「マックス・シュティルナーの無政府主義」、『倫理学年報』18、1969.3
 良知 力「ヘスの妻とマルクス」、『未来』32、1969
 良知 力「ヘスは若きマルクスの発展の座標軸たりうるか」、『思想』539、1969
 坂本慶一『マルクスとユートピア』、紀伊国屋書店、1970
 鈴木伸一「モーゼス・ヘスにおける共同体の原理」、『法文論叢』27、1970
 ヘス著、山中隆次・畑孝一訳『初期社会主義論集』、未来社、1970
 森川喜美雄「シュティルナー『唯一者とその所有』とマルクス――『ドイツ・イデオロギー』におけるプルードンの問題」、『社会科学年報』(専修大)4、1970
 大井 正「ヘスとマルクスとの関係についての短篇」、『未来』55、1971
 廣松 渉『青年マルクス論』、平凡社、1971
 廣松 渉「フランス社会主義と初期マルクス」、『現代の眼』1971年4〜7号
 マクレラン著、宮本十蔵訳『マルクス思想の形成――マルクスと青年ヘーゲル派』、ミネルヴァ書房、1971
 水戸豊夫「マックス・シュティルナーの無政府主義」、『情況』、1971.02
 良知 力『初期マルクス試論』、未来社、1971
 良知 力『マルクスと批判者群像』、平凡社、1971
 コルニュ、W・メンケ著、武井勇四郎訳・解説『モーゼス・ヘスと初期マルクス』、未来社、1972
 鈴木伸一「モーゼス・ヘスの歴史理論」、『法文論叢』30、1972
 前田光夫「ユリゥス・フレーベル『王制と国民主権』」、『水戸論叢』(水戸短大)7/9、1972
 山中隆次「ブルーノ・バウアーとマルクス――ユダヤ人問題をめぐって」、『経済理論』127/131、1972
 山中隆次『初期マルクスの思想形成』、新評論、1972
 ルカーチ著、良知力・森宏啓二訳『モーゼス・ヘスと観念弁証法の諸問題』、未来社、1972
 大井 正「マルクス主義の止揚――ヘーゲル学派の研究」、『現代思想』1-2、1973
 村井久二「シュティルナーと『聖マックス』」、『信州大学教養部紀要』7、1973
 大井 正「資料・ヘーゲル学派」、『季刊社会思想』3-3・4、1974 p180〜224
 片桐稔晴「シュティルナーとヘス」、『現代思想』1974年4月号
 寿福真美「ヘーゲルと<実践の哲学>――ルーゲの『法哲学批判』」、『一橋研究』28、1974
 田中治男「A・ルーゲとその時代――1840年代における政治的急進主義の形成」、『思想』599,601,605、1974
 谷口健治「三月前期のモーゼス・ヘス」、『史林』(京都大)57-1、1974
 廣松 渉「『ドイツ・イデオロギー』の国家論――マックス・シュティルナーに関連して」、『国家論研究』5、1974
 山本晴義「最近の『若きマルクス研究』について――マルクスとモーゼス・ヘスを中心に」、『大阪経大論集』98、1974
 良知 力編『資料ドイツ初期社会主義 義人同盟とヘーゲル左派』、平凡社、1974
 良知 力「向う岸からの世界史――ヘーゲル左派とロシア」、『思想』601、1974
 大井 正「シュトラウスとバウアー」、『現代思想』1975年11月号
 大井 正「ヘーゲル学派研究のための視座」、『政経論叢』(明治大学政治経済研究所)43-1・2・3・4、1975 p23〜53
 大井 正「シュトラウス著『イエスの生涯』における神話と教条」、『政経論叢』44ー2、1975
 大井 正『マルクスとヘーゲル学派』福村出版、1975
 千坂恭二「物象化論とシュティルナー――唯一者と唯物史観の相克と異相」、『情況』1975年4月号
 廣松 渉「『ドイツ・イデオロギー』とその背景――文献学的研究から内容的討究への架橋のために」、『知の考古学』1,2,5/6,7/8、1975
 別府芳雄「青年ヘーゲル学派とマルクス」T〜X、『千葉敬愛経済大学研究論集』9,10,12,14,16、1975-79
 山本晴義、『若きマルクスとその批判者たち』、福村出版、1975
 レーヴィット著、麻生建訳『ヘーゲルとヘーゲル左派』、未来社、1975
 大井 正「D・F・シュトラウスのなかのヘーゲル」、『情況』101、1976 p204〜231
 大井 正「ヘーゲル学派の分裂――その発端について」、『政経論叢』45-1、1976 p1〜55
 大沢正道「マックス・シュティルナーの弁護」、『情況』101、1976 p248-262
 シュラーヴェ著、石川三義訳「『ベルリン年誌』に見るヘーゲル学派の展開」、『情況』101、1976 p318-333
 武井勇四郎「チェルヌィシェフスキーの歴史哲学――ロシア・ヘーゲル左派」、『情況』101、1976 p298〜317
 谷口健治「ヘスとマルクス」、『史林』(京都大)59-1、1976
 山本 啓「ヘーゲル左派と若きマルクス」、『国家論研究』8、1976
 山本 啓「ヘーゲルの国家観とアーノルト・ルーゲ――哲学から政治への転換」、『情況』101、1976 p263〜297
 山本晴義「若きマルクスに関する一考察、3――マックス・シュティルナーを中心にして」、『大阪経大論集』114、1976
 村上俊介「ブルーノ・バウアーにおける自己意識の哲学――3月革命前夜の自由主義的『ラッパ』」、『経済と法』(専修大)8、1977
 良知 力「プルードン主義者カール・グリューン」、『現代思想』1977年4月号
 石川三義「青年ヘーゲル派ブルーノ・バウアーの哲学について」、『明治大学大学院紀要』15、1977
 石川三義「青年ヘーゲル派の政治批判とエドガー・バウアー」、『明治大学大学院紀要』16、1978
 石塚正英「アーノルト・ルーゲのロマン主義批判」、『立正史学』44、1978
 大庭 健「ヘーゲル宗教哲学のバウアー的転覆――近代的主体の先験的反省の行方を追って」、『現代思想』408、1978 p390〜407
 国分 幸「チェシコフスキーの行為の哲学」、『現代思想』408、1978
 藤井哲郎「ヘーゲル左派の国政批判とジャーナリスト時代のマルクス」、『六甲台論集』(神戸大)24-4,25-1、1978
 星野 智「シュティルナーのヘーゲル左派批判」、『理想』540、1978
 星野 智「シュティルナーにおけるヘーゲル主義」、『現代思想』408、1978
 村上俊介「ブルーノ・バウアー批判としての『経済学・哲学草稿』」、『専修経済学論集』13-1、1978
 山本 啓「三月前期とヘーゲル、ルーゲの国家観」、『現代思想』408、1978
 石川三義「ヘーゲルとブルーノ・バウアーの思弁哲学」、『明治大学大学院紀要』17、1979
 石塚正英「アーノルト・ルーゲの自由主義批判」、『立正西洋史』2、1979
 チェシコフスキー著、国分幸訳「歴史学へのプロレゴメナ」、『法経論集』(静岡大短大)42,43、1979
 吉田憲夫「若きマルクスの理論形成」、『古典経済学と産業』、早稲田大学産業経営研究所、1979
 神田順司「行為の哲学とドイツ初期社会主義――チェシコフスキー、ヘスにおける歴史構成の論理」、『史学』(慶応大)50、1980
 廣松 渉著・井上五郎補註『マルクスの思想圏』、朝日出版社、1980
 星野 智「十九世紀のヨーロッパ=ロシア像――ヘーゲル左派の『行為の哲学』の歴史観」、『法学新報』(中央大)87-5・6、1980 p71〜97
 山中隆次「モーゼス・ヘスにおける歴史と階級」、『歴史研究と階級的契機』、中央大学出版部、1980
 良知 力「青年ヘーゲル学派」、『グランド現代百科事典』、学習研究社、1980
 村上俊介「ブルーノ・バウアーの『大衆論』と『聖家族』」、『経済と法』(専修大)14、1981
 大井 正「ヘーゲル学派とローレンツ・シュタイン」、『政経論叢』(明治大)50-5/6、1982
 片桐稔晴「ブルーノ・バウアーと『自己意識の哲学』」、『経済学論纂』23ー5、1982
 滝口清栄「M・シュティルナーにおける唯一者と連合の構想――青年ヘーゲル派批判とその意義」、『法政大学大学院紀要』9、1982
 油木兵衛「M・シュティルナーの<教育>観」、『米子高専研究報告』18、1982
 石塚正英『年表・三月革命人――急進派の思想と行動』、秀文社、1983
 石塚正英『三月前期の急進主義』、長崎出版、1983
 神田順司「モーゼス・ヘスとヘーゲル主義の問題――ヘーゲル左派における世界史構想の二律背反をめぐって」上下、『史学』52ー3・4、53ー1、1983
 近田錠二「アーノルト・ルーゲ研究の基本視座――東西ドイツにおける最近のルーゲ研究に寄せて」、『経済科学』(名大)31-1、1983
 フック著、小野八十吉訳『ヘーゲルからマルクスへ』、御茶の水書房、1983
 村上俊介「カール・グリュンにおけるプルードン主義――マルクスとの対立に即して」、『専修大学北海道短期大学紀要』16、1983
 黒岩正昭・服部文男「『共産主義者同盟・文書および資料』の意義について」、『科学と思想』51、1984
 ブルーノ・バウアー著、林真左事訳「類と大衆」、『社会思想史の窓』5,6、1984
 村上俊介「カール・グリュンとブリュッセルのマルクス」(上)、『インパクション』32、1984
 大井 正『ヘーゲル学派とキリスト教』、未来社、
 片桐稔晴「ブルーノ・バウアーと『ユダヤ人問題』――著作『ユダヤ人問題』における『自己意識の哲学』の展開」、『経済学論纂』(中央大)26-4、1985
 野村真理「後期モーゼス・ヘスにおけるユダヤ民族への回帰」、『一橋論叢』93-5、1985
 油木兵衛「M・シュティルナーの初期著作」、『米子高専研究報告』22、1986
 片桐稔晴「ブルーノ・バウアーと国家」、『経済学論纂』27-6、1986
 林真左事「ブルーノ・バウアーをめぐる若干の問題」、『社会思想史の窓』21、1986
 良知 力・廣松渉編『ヘーゲル左派論叢』第1巻「ドイツ・イデオロギー内部論争」、御茶の水書房、1986
 モーゼス・ヘス著、山本耕一訳「最後の哲学者たち」
 マックス・シュティルナー著、星野智・滝口清栄訳「シュティルナーの批評家たち」
 ブルーノ・バウアー著、山口祐弘訳「ルートヴィヒ・フォイエルバッハの特性描写」
 モーゼス・ヘス著、山本啓訳、ドットーレ・グラツィアーノの著作、A・ルーゲ著『パリの二年間、研究と思い出』
 良知 力・廣松渉編『ヘーゲル左派論叢』第3巻「ユダヤ人問題」、御茶の水書房、1986
 ブルーノ・バウアー著、篠原敏昭訳「ユダヤ人問題」
 カール・グリューン著、植村邦彦・篠原敏昭訳「ユダヤ人問題。ブルーノ・バウアーへの反論」
 グスタフ・ユリウス著、村上俊介訳「可視的人間教会と不可視的人間教会との争い、または批判的批判の批判の批判」
 モーゼス・ヘス著、野村真理・篠原敏昭訳「ローマとエルサレム」
 尾崎恭一「精神発達における自己意識の形成陶冶について――シュティルナーのヘーゲル受容」、『白山哲学』(東洋大学)21、1987
 良知 力・廣松渉編『ヘーゲル左派論叢』第4巻「ヘーゲルを裁く最後の審判ラッパ」、御茶の水書房、1987
 ブルーノ・バウアー著、大庭健訳「ヘーゲルを裁く最後の審判ラッパ」
 ブルーノ・バウアー著、渡辺憲正訳「暴かれたキリスト教」
 良知 力『ヘーゲル左派と初期マルクス』岩波書店、1987
 大沢正道『個人主義――シュティルナーの思想と生涯』、青土社、1988
 渡辺憲正「マルクスとバウアーの接点(1843ー44年)」、『社会思想史の窓』55、1988
 神田順司「行為の哲学と『ドイツ的みじめさ』――同一性の哲学との連関において」、『社会思想史の窓』58、1989
 篠原敏昭「反ユダヤ主義者としてのブルーノ・バウアー――後期の思想展開との関連で」、『社会思想史の窓』67、1989
 滝口清栄「L・フォイエルバッハの思想的転回とシュティルナー」、『社会思想史の窓』55、1989
 村上俊介「ブルーノ・バウアーの三月革命観」、『社会思想史の窓』63、1989
 大井 正「ヘーゲル学派とローレンツ・シュタイン」、大井正・西尾孝明編『ドイツ社会主義研究』、勁草書房、1989
 森 政稔「ブルーノ・バウアーと進歩のアイロニー」、『社会科学研究』(東大)40-5、1989
 渡辺憲正『近代批判とマルクス』、青木書店、1989
 生方 卓「ヘーゲル学派の社会哲学、特に経済学について――ヘーゲル右派・中央派」『社会思想史の窓』70、1990
 尾崎恭一「シュティルナーにおける人格主義の理念」、『白山哲学』24、1990
 柴田隆行「ヘーゲル学徒としてのシュタイン」、『社会思想史の窓』74、1990
 滝口清栄「ヘーゲルの財産共同体批判」、『社会思想史の窓』72、1990
 田村伊知朗「エドガー・バウアーの初期著作目録 1842ー1849」、『法政大学大学院紀要』25、1990
 野村真理「ユダヤ人問題――西欧とユーデントゥームのはざま」、『社会思想史の窓』68、1990
 村上俊介「ブルーノ・バウアーの三月革命観――『ドイツにおける市民革命』を素材として」上下、『専修経済学論集』24-2,25-1、1990
 住吉雅美「マックス・シュティルナーの近代合理主義批判1〜5」、『北大法学論集』42-2,3,6,43-2,3、1991-92
 的場昭弘「『独仏年誌』と独仏関係」、『ユスティティア』(ミネルヴァ書房)2、1991
 村上俊介「マルクスと『真正社会主義』」、『情況』2-11、1991
 石塚正英編『ヘーゲル左派――思想・運動・歴史』、法政大学出版局、1992
  渡辺憲正「フォイエルバッハの非哲学の哲学」
  滝口清栄「ヘーゲル批判の思想圏――シェリング、バウアー、フォイエルバッハと疎外論
  尾崎恭一「シュティルナー哲学のプロブレマティーク」
  柴田隆行「ヘーゲル左派と若きローレンツ・シュタイン」
  的場昭弘「ルーゲとフランス――ヘーゲル左派と独仏関係」
  石塚正英「義人同盟とヘーゲル左派」
  林真左事「ブルーノ・バウアーにおけるヘーゲル左派の総括」
  田村伊知朗「エドガー・バウアーの思想的転回」
  村上俊介「ブルーノ・バウアーと三月革命――もう一つの『市民を求めて』」
  篠原敏昭「ブルーノ・バウアーの反ユダヤ主義――後期バウアー研究のために」
  野村真理「後期モーゼス・ヘスにおける民族的世界の復権」
 岩佐・小林・渡辺編『「ドイツ・イデオロギー」の射程』、創風社、1992
 尾崎恭一「人間観の確立とシュティルナー批判」
 木村 博「宗教批判と自己意識――ブルーノ・バウアー、フォイエルバッハとマルクス」
 渡辺憲正「マルクスのフォイエルバッハ批判の意味」
 岩波哲男「歴史、出来事と史実――ヘーゲルとシュトラウス」、『文学研究科紀要、哲学・史学編』(早稲田大学大学院)39、1993 p3-18
 滝口清栄「ヘーゲル宗教哲学解釈論争とヘーゲル左派」、『現代思想』21-8、1993
 植村邦彦「マイノリティの『解放』をめぐって――ヘーゲル左派と『ユダヤ人問題』」、『理想』653、1994.05 p58-67
 生方 卓「ヘーゲル、ガンスと死刑の問題」、『理想』653、1994.05 p32-47
 小林昌人「歴史の哲学と行為の哲学――ヘーゲル左派の行為論における必然性・目的性・主体性」、『理想』653、1994.05 p88-104
 座談会「ヘーゲル左派と世界」(石塚正英・生方卓・小林昌人・柴田隆行・滝口清栄・的場昭弘、『理想』653、1994.05 p2-19
 柴田隆行「社会主義をめぐる理論と実践――ヘス対シュタイン」、『理想』653、1994.05p77-87
 シュトラウス著、生方卓・柴田隆行・石塚正英・石川三義訳『イエスの生涯・緒論』、世界書院、1994
 滝口清栄「伝統との断絶、あるいは知の転換――シュティルナー思想の現代的意味をめぐって」、『理想』653、1994.05 p68-76
 鄭文吉著、姜聖信訳・小林昌人補綴「ヘーゲル左派の時代――バウアーとマルクスの知的連携」、『理想』653、1994.05 p117-133
 田村伊知朗『近代ドイツの国家と民衆――初期エトガー・バウアー研究(1842-1849年)』、新評論、1994.09
 的場昭弘「ガンスとフランス――ヨーロッパ連合構想」、『理想』653、1994.05 p48-57
 小林昌人「平等と自由と共産主義」、『情況』95.2/3、1995.02 p83-98
 柴田隆行「1840年代ドイツの社会主義と共産主義――ローレンツ・シュタインによる概括を通して」、『情況』95.2/3、1995.02 p21-39
 的場昭弘『パリの中のマルクス――1840年代のマルクスとパリ』、御茶の水書房、1995.04
 柴田隆行「フィヒテと『行為の哲学』」、『理想』655、1995.05 p145-156
 田村伊知朗「『ヘーゲル左派』研究のヨーロッパにおける新しい動向」、『社会思想史の窓』115、1995.06 p1-6
 

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