フォイエルバッハの事跡めぐり

 

ランツフート(Landshut)

 ランツフートはミュンヒェンから列車で約40分。中央駅は新興住宅地にあり、旧市街へは駅から徒歩で15分ほどかかる。駅前からバスが出ている。
 徒歩の場合、駅前から駅に直角に広い通りを進み、まずビオトープのつくられた小さな川を渡り、約10分で教会に突き当たるので、左折し、さらに進むと大きなイザール川を渡ることになる。イザール川を渡り、町の門を抜け、商店の合間の小道を入ると、突然広い市庁舎前通りに出る。両側に古風な構えの商店やレジデンツ、教会などが建ち並ぶ。
 旧市街の中央通りを左に進むと市庁舎があるが、目立たない。レジデンツの前、Sparkasseの近くだ。市庁舎は住民なら誰でも知っているので、通りがかりの人に道を聞くと良いだろう。市庁舎の1階左手にInformationがある。
 フォイエルバッハの生家は、この市庁舎などがある大通りの裏にあるNeuestadtという名の通りにある。この通りを右へ曲がって約150メートル進むと、通りの真ん中に「第一次世界戦争犠牲者の碑」があるが、この碑の右手すぐ脇、Steckengasseとの角に白い建物があり、これが生家だ。2階部分の壁に、「ここにフォイエルバッハ一家が住んでいた」とのプレートが貼ってある。3階部分には、法学者サヴィニーのプレートがある。ドイツ近代法学界を代表するアンゼルム・フォイエルバッハとザヴィニーが同じ建物に住んでいたというのもおもしろい。
 中央駅近くの新興住宅地に、「フォイエルバッハ通り」という名前の通りがあるが、これは名前だけで、フォイエルバッハの事跡は見当たらない。

 

ミュンヒェン大学所蔵フォイエルバッハ遺稿

 Universitätsbibliothek München. Abteilung für Handschriften, Nachlasse und Alte Drucke. Geschwister-Scholl-Platz 1, 8000 München 22.電話(089)2180-1.
 手書き文書室の開室時間は月曜日から水曜日が9時〜12時と13時〜16時、木曜日は18時まで。金曜日は9時から12時まで。
 事前にアポイントメントをとる必要がある。あらかじめ自分が何を読みたいのかを知らせておくと、用意しておいてくれる。ただし、最近は遺稿を閲覧するのが難しい。閲覧理由をしつこく聞かれ、目録にあっても閲覧できないものもある。コピーは絶対できない。
 職員は、1992年夏に行ったときも、2001年夏に行ったときも、全員まったく同じ顔ぶれ。室長はテッペルマンという小柄で知的な顔立ちの婦人で、厳格主義者だ。

 

アンスバッハ(Ansbach)

 アンスバッハは、ニュルンベルクから列車で3550分。駅を出たら左手すぐのKarlstrasseに入る。直にKarlsplatzという十字路に出る。この十字路の右手、駐車場の隣に黄色の建物がある。これがフォイエルバッハがギムナジウム時代に父と一緒に住んでいた家だ。壁にプレートが貼られている。
 この家を左に見ながらさらに進むと、突き当たり右角に、画家アンゼルムの母親の家がある。
 町の案内所は、ここからさらに広い自動車道路を横断して、旧市街に入り、チョコチョコと路地を左方向に曲がってヨハネ教会近くのMartin-Luther-Platzにある。ルードヴィヒ・フォイエルバッハが通ったギムナジウムはReuterstrasseにあるが、いまや往時を偲ぶものはない。玄関に古い看板がかかっているだけだ。
 Johannis Kircheの裏手にある、町の博物館Markgrafen-Museumには、父アンゼルムの肖像画がある。他には何もフォイエルバッハの遺品はないが、1830年代の町の様子が写真や絵で知ることができる。アンゼルムが研究対象にしたことのある、この町一番の有名人、カスパー・ハウザーの資料が多く所蔵されている。近くに、まちをふらついていたカスパーの銅像があるほか、お城の公園内の、カスパーが殺された場所に記念碑が建っている。

 

ブルックベルク(Bruckberg)

 ブルックベルクへは、DBの中央駅前のバスターミナルからバスが出ている。このバスは宮殿庭園の裏手にある中央バスターミナルに寄って行くので、旧市街に泊まる場合にはここから乗った方が便利だろう。
 バスの本数は少ない。2001年8月末時点では、716系統のバスで、月曜日から金曜日は、駅前の時刻が、学校が休みの時は11:4012:20着、学校がある時は12:0512:33着と15:3516:09着、学校のあるなしに関係なく13:0513:40着と16:3517:10着のみ。土日はない。
 帰路は、学校がない時は12:34発、学校がある時は12:50発、学校のあるなしに関わりなく14:12発と17:31発。
 ブルックベルクが終点ではない。バスの車内アナウンスはないので、到着時刻に気を付けて外の景色をよく見ている必要がある。2、3の村を通ってから、広い自動車通りに出たら、ブルックベルクは近い。村に近づくと、右手の川の向こうに、銅版画などでおなじみの建物が見えてくる。
 ブルックベルクのバス停は旧道にあり、Sparkasseの前。旧道をさらにバスの進行方向に5分歩くと、この村唯一のスーパーマーケットがある。
 さて、バス停から少し戻って、車道を渡り、さらに小川を渡ると、正面に、1999年に新しく造られたフォイエルバッハの記念版がある。ベンチ代わりに腰掛けるひとがいそうな、ちょっとちゃちな記念碑だ
 そこから坂を左に上ると、門番がいる。この館は現在福祉施設になっており、障害者が大勢生活している。この障害者施設は開放策をとっており、施設に住む人たちが大勢村の中を自由に散歩したり買い物に出たりしている。みんな人なつこくて、すぐに話しかけてくるが、やや表現力に難があって聞き取りにくいが、根気よく話をすると、親しみがわいてくる。
 建物の中にフォイエルバッハを偲ぶものはないが、かつてフォイエルバッハが住んでいた正面左翼の2階は現在特別室になっていて、そこに陶器工場時代の陶器が少し陳列されているらしいが、事前にアポイントメントをとっておかないと、内部の見学はできない。
 館を背にして左に行くと、短いFeuerbachstrasseがある。居酒屋と自転車屋がある。その先の十字路を左に折れて坂を少し上り、さらに右にゆるく上がると小学校があり、その先から村全体がよく見渡せる。

 

ニュルンベルク(Nürnberg)

 ルードヴィヒ・フォイエルバッハの墓へは、旧市街を通り抜けて、デューラーの家の左手にある市の裏門(Neutor)から旧市の外に出て、Johannisstrasseを左手に向かった先にある。市門から徒歩で約20分。路面電車も走っている。中央駅からだと、徒歩で約1時間弱かかるだろう。
 この路面電車の走る通りが突き当たる感じのところ(鈎型に道は曲がるので突き当たらないが)に、Johanniskircheの門がある。夏に行くと、墓のまわりに植えられたたくさんの花が咲いて、植物園に来たような華やかさを感じることができる。
 門を入り、すぐに左手に進み、物置があるちょっと手前のトチの木の下にルートヴィヒ・フォイエルバッハの墓がある。上面にレリーフがある
 もしわからなかったら、門からまっすぐに教会へ向かい、教会左手にある有名人の墓の地図(銅板)を見ればわかる。この路の途中にデューラーの墓へ向かう小路があるが、このデューラーの墓のすぐ近くに画家のアンゼルム・フォイエルバッハの墓もある。

 

レッヒェンブルク(Rechenburg)

 ニュルンベルク中央駅からトラム(路面電車)8番で東進する電車に乗るか、列車で1駅のニュルンベルク東駅(Nürnberg-Ost)で降りて、徒歩で行くか、2つ方法がある。トラムの場合は、Tafelwerkで下車し、進行方向左側の小高い丘に登ると、頂上に記念の石が見つかる。東駅からは、駅前に誰もいないし店もないのでちょっと面食らうが、駅前のバス通りを、ガソリンスタンドを正面に見て左に進む。道路の右手に小高い丘が続いており、適当なところでその丘の裾に続く遊歩道をそのままニュルンベルク方向に約5分歩く。1本丘の上に住宅が並び、住宅街の中の道をさらに5分進むと突き当たりになるので、そこを右に坂を上ると、行く手に奇妙な大きな石が見つかる。それがフォイエルバッハの記念碑だ。なんとも奇妙な記念碑なので、この地域の人なら誰でも知っているから、迷ったらその辺にいる人に尋ねると良い。
 1999年にこのモニュメントのすぐ近くの林の縁に、新しく記念碑が建てられた。ただし、誰かが銀のスプレーをかけたため、フォイエルバッハの顔が汚れている。


キール(Kiel)

 キールにルートヴィヒの事蹟があるわけではない。父のアンゼルムが2年間キール大学法学部に勤務したあと、「気候が合わない」との理由でここを去り、バイエルンのランツフートに移住した。ルートヴィヒはその後ランツフートで誕生した。ヴォルフの影響が強かったキール大学にカント哲学を導入した中心は哲学部のラインホルトであるが、法学部ではアンゼルム・フォイエルバッハもそれに荷担した。
 キールは、ハンブルクから列車で約1時間15分ほど北へ向かった、バルト海沿岸の港町で、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州の州都である。かつて軍港として知られ、そのために第二次世界戦争で壊滅的な破壊を受けたおかげで、ドイツにしては珍しく明るく近代的な町だ。海があるせいかもしれない。
 キール中央駅から左手に長く続く屋内ショッピング・センターをぬけ、広く明るい商店街をさら徒歩10分ほど行くと、正面にニコライ教会が見えてくる。教会の前の広場の手前右にデパート・カールシュタットがある。商店街に面したカールシュタット(2010年春閉店。解体)の出入り口の右側の方、つまり駅方向の出入り口から通りの向かい側の壁に、かつてアンゼルム・フォイエルバッハが住んでいたというプレートが貼られている。