日米教育の比較:小さな疑問、大きな問題

東洋大学工学部

和田 昇

http ://www.eng.toyo.ac.jp/~nwada/

はじめに

私は、日本で4年間大学教育を受け、その後、アメリカで大学院教育を受けました.そして、ポストドック、企業の研究員を経て、教師としてアメリカの大学で5年間教壇に立ちました.日本の大学では7年目になります.教育とは文化に根ざしたものであり、従って、結局は文化論に帰結するものかも知れませんが、以下、思うところを述べてみたいと思います.

日米の大学教育を比較した場合、もちろんどちらにも良い点、悪い点はあります.どの尺度で測るかが問題ですが、ここでは、まず、学生の知的能力(知識、思考力、創造力等)の向上度(すなわち入学時と卒業時の学力差)が教育制度の良さのバロメターと考えます.

日本での小さな疑問

 

  1. なぜ授業中に質問しないのか?

    アメリカでは講義の準備を万全にしておかないと、学生から質問ぜめにあいます.曖昧なことはしゃべれません.日本では授業中にまず質問はありません.これは教師を明らかに堕落させます.高校までの教育の問題とは思いますが、不思議な現象です.

  2. なぜ教師は同じコースを長年にわたって教えるのか?

    私の教えていた大学Colorado School of Mines (CSM) では、一つのコースを3年教え、次に新しいコースを教えなければいけませんでした.教師にとっては大変なことですが、学生はマンネリ化した講義を受けなくてすみます.教師もより幅広い知識を得ることになり、大局的には非常なプラスです.次から次へと新しいコースを教えることは労力を要しますが、大学生が理解できるような内容を講義するのですから大学教員にとってはそれほど難しいことではないと思います.

  3. なぜもっと学生に匿名で授業評価させないのか?

日本では、学生による授業評価は特定の大学、学部で行われ始め、次第にその数を増やしているようです.CSMでは授業評価は匿名で行なわれ、本人ではなく他の教師が用紙を集めます. 結果は公表され、図書館へ行けば誰でも閲覧できます.結果は重要で、昇進、昇給の資料になります.そのため教員は、良い授業をするための勉強会を行ったり、同僚に授業を傍聴してもらいアドバイスを得る等、授業内容向上に努力します.学生の評価が自分の給料を左右するかと思うと恐ろしい話ですが、授業の質の向上には効果絶大です.

アメリカの学生はなぜよく勉強するのか?

アメリカの学生はよく勉強します.成績が悪ければ退学しなければなりません.CSMでは6割しか卒業しません.ローンや、働いて貯めたお金で授業料を払う学生も多く、授業に対する態度は真剣そのものです.CSMでは学生の平均年齢は日本に比べると高く、なぜ勉強するのかという目的意識がはっきりして講義を聴いています.

教師は成績に関して非常に厳格です.例えば私がCSMで教えていた大学一年の物理では、数人の教師が少数のクラスを教え統一のテストを行い教師の合議で成績を判定します.全学生、同じ難関(半分ほどは単位をとれない)を突破しなければなりません.グループをつくって勉強したり、図書館で夜中まで頑張ったり、とにかくよく勉強します.

教師は教育に対して真摯です.授業の準備に授業時間の3倍使うというのが一般です.一コース教えきれば授業ノートを使って本が書けます.(実際、私は本を書きました.)教師が学生の興味をそそりながらわかりやすく教えれば、当然、学生は勉強がおもしろくなります.即ち、熱心な先生、向学心の旺盛な学生という構図が成り立ちます.

日本の学生はなぜ勉強しないのか?

大部分の日本の学生はあまり勉強しません.勉強をしなくても適当にうまく単位をとれば卒業できます.なぜ勉強するのかという目的意識が欠如しています.日本では学力の向上は個人の意識の問題で、もし講義中、学生に真剣さがあるとすれば、それは一部学生の向学心の反映にしか過ぎないといえそうです.

教師が公正な成績を付けるというのは大変な労力と時間を必要とします.そして日本ではまじめに成績を出すと(たくさん落とすと)いろいろな問題が生じます.帰国当初、アメリカの時のように厳格に成績をつけて、例えば電磁気学では4割以上を不可にしていました.当然学生は他の先生のところで再履修を受け単位を取ります.厳しくしても勉強させることは難しいようで、さらに悪いことに他の先生に迷惑をかけます.学生、同僚に嫌われるようでは割にあいません.今は毎授業小テストをし出席点を多くあげて不合格者の数を減らしています.厳格な成績を付けるというのは重要な教育のプロセスの一つであると思うのですが、それが難しいようです.

会社が就職試験の際、あまり大学の成績を重要視していないというのも問題です.大学の成績表に対する会社人の信頼は薄いようです.もし成績表が企業採用の場合の非常に重要なファクターにでもなれば学生の真剣さも違ってくると思いますが...同じ意味で、大学院への入学が最近特に易しくなったようですが、今の大学院生の学力はいかなるものなのでしょうか?

アメリカの大学教育の問題点

上記のようにアメリカと日本の教育を比べ、学生の学力の向上のみを評価の基準にすると日本のシステムの欠点のみが強調されます.しかし、アメリカの教育体制にも問題があります.例えば、競争がもたらす人間関係の熾烈化、複雑化です.シカゴ大学でTA(Teaching Assistant)をしていたとき、多くのpremedical students (Medical School 進学組)を教えましたが、カンニングをしたり成績のために他人を押しのけるような行動をとる学生などを散見し、不快に思った経験があります.その点、日本の学生は素直で好感が持てます(実にのんびりしていますが).

今、日本で注目されているアメリカのtenure の制度は若い人材を6~7年試験雇用するものですが、運用が適正なのかどうか疑問です(制度そのものには私は賛成です).有名大学では若い人がtenureを取るのはまず難しく、明らかにcheap labor として人材を使い捨てにする傾向が見られます.企業の研究所などから有名な学者が大学に移ってくるとそれまで頑張っていた若い人は放り出されることもあるようです.苦労してtenureをとってもいわゆるburn out (燃え尽き症候群)となり、その後dead wood(厄介者)と評される人もでます.私もtenureをもらう前は働き過ぎて、もう少しで健康を害しそうになりました.雇用が安定しない職につくと精神的な負担は大きく、必ずしも好ましくありません(ただし、適度なストレスは労働効率を上げますが).

終わりに

アメリカの教育制度は競争原理を取り入れ、学生の持つポテンシャルを最大限に引き出しうるシステムといえます.教師はそのために努力し、その努力は評価され昇進、昇給の形で反映されます.日本では、良い授業をしてもしなくても評価されないわけですから、結局、教師の義務感や良心に教育をゆだねているわけです.アメリカでは学生は目的意識をはっきり持って真剣に授業を聴講しているわけですが、日本の学生は講義中にしゃべったり、居眠りをしたり、のんびりとやっています.

今、グローバル化が叫ばれ国際的な競争が激化していく中、今の日本の教育も変わらなければならないのは明白です.我々教師がよりよき教育を学生に行うというのはもちろんですが、個々の努力では限界があります.できるだけ早く日本の教育システムに大きなメスを入れるべきでしょう.