Researches

主要コンセプト

生体と人工物の界面を制御する

生体と人工物の間には必ず境目(界面)が存在します。ここでいう生体とは、タンパク質、小胞体・ウイルス、オルガネラ、細胞、組織、臓器、個体等のすべてを指しています。 これらは分子間相互作用を駆動力として継ぎ目なく階層的に構成され、様々な働きをもちます。 また、生体はシステムとして互いに連動し、生命の維持や恒常性の発現に寄与します。 医工学では、こうした生体に対して、金属、無機物、有機化合物、複合体といった様々な人工物が介在することになります。 こうした人工物表面の分子は内部の分子と比べてエネルギー的に不安定であるため、タンパク質やイオンなどが過飽和に含まれる血液やリンパ液といった体液と接触すると、分子間相互作用によって「濡れ」「吸着」「結晶成長」「腐食」などの様々な物理化学反応が起こります。 特に、人工物表面へのタンパク質の吸収と変性は、生体にとって異常を示すアラートとなり、炎症反応や血液凝固反応などの様々な生体反応の引き金となります。 医工学においては、治療の目的に応じて、生体反応を一切引き起こさない生体不活性な人工材料であったり、あるいは、治療に必要とされる生体反応を誘導したりする材料が求められます。

界面科学の発展形として現れた「バイオ界面科学(Biointerface Science)」ですが、人工物表面での生体反応制御は容易ではありません。かつて、英国物理学者のパウリは、「神はバルク(内部)をつくったが、表面は悪魔によって発明された」と述べたとされます。 そこで、バイオ界面の創製において重要となるのが、生物に倣うという「バイオミメティクス」の考え方です。これは、「血管内では血液はどうして固まらないのか」、「関節の軟骨はどのようにして潤滑性を生むのか」、「組織はどのように治癒・再生されるのか」というように、 生体の優れた分子構造や機能をお手本にして、これらを人工的に模倣・再構築するという発想です。

参考記事:東洋大学重点研究推進プログラム『バイオミメティクス活用による高機能かつ持続可能なものづくり』


研究トピックス

バイオミメティクスを利用した次世代センシング

人々の健康長寿促進、持続可能性のための地球環境保全、テロなどの脅威に対する安全安心社会の実現など、多様な観点から化学・バイオセンシング技術が求められています。 これらの要求に応えるためには、「自然に学び」、多種多様な検出対象を包括できる「機能性界面の構築」と、分子認識を信号に変換する「トランスデューサ」開発し、多種目/多検体をリアルタイム・ 同時・その場で・非侵襲に計測するといった戦略的な「システムの構築」によって、実用化を見据えることが必要です。

犬や昆虫などの動物に代表されるように、生物は雑多な物質の中からごく微量の目的物質を低消費エネルギーで特異的に検出し、さらに、自律的に判断・動作して対処するなど、 エネルギー面・機能面で我々の科学技術では真似できない多くの長所があります。一方で、生物や生体分子は物理化学的に不安定であり、至適条件が限られる、量産化が困難であるなどの制約があります。 これらの問題に対し、アプタマー等の新規材料や、分子インプリント法のように生物機能を非生物素材で再現する試みによって、生物のもつ分子認識能を代替する生物模倣界面を構築します。 さらに、製造加工技術等によって、機能性界面と電子・機械システム等の非生物材料とを融合させ、産業化を視野に入れてのトランスデューサ開発やデバイス化に取り組みます。

我が国では、現在、「超スマート社会」(Society5.0)を目指す試みが推進されています。この近未来社会を実現するためには、ウエアラブルデバイスや脳/機械インターフェース(BMI)のように、 「実世界」と「サイバー空間」とを融合させるインターフェースの構築が不可欠です。優れたバイオセンシング技術を人間にウエアラブル実装することにより、人間の五感をテクノロジーによって拡張し、 健康状態をライフログとしてサイバー空間に提供したり、病気や感染症を超早期に診断/治療したりすることで、個人の健康維持やパンデミック防止に役立てるといった未来志向の研究にも取り組みます。

参考文献

導電性高分子の機能化とバイオエレクトロニクス応用

Poly(3,4-ethylenedioxythiophene)(PEDOT)に代表されるチオフェン系重合体は、良好な導電性、ドープ状態の環境安定性、低い酸化還元電位、成膜性、塗布性などを兼ね備えた共役系高分子である。 また、低毒性や体内での分子安定性も高いことから、生化学・医療分野における電気的センシング応用が期待されている。一方、実サンプル中での選択的分子識別能力の欠如や、 酵素や抗体といった分子認識タンパク質の変性に伴う不安定性や毒性が不可避である。

本研究では、糖鎖やアプタマーといった人工的かつバイオミメティックな分子識別素子を有する機能化導電性高分子や機能化ドーパントを新たに開発し、それをフレキシブルかつウエアラブルな有機電極材料として用いることで、 いつでもどこでも無意識的に自身の健康状態をモニタリングするといった先進的なバイオセンシングシステムを開発する。有機エレクトロニクス材料のバイオ応用を加速させることにより、学術と産業の創生に貢献する。

参考文献

生体バリアをすり抜ける高分子ナノキャリアの開発

生物は進化の過程において「生体膜」を獲得することにより初めて、細胞という生命の基本単位を得ることに成功した。細胞質を覆うベシクル状の生体膜は、リン脂質を主成分とするフレキシブルな自己組織化二分子膜であり、 細胞の内部と外界を区分けする分離膜としての機能をもつ。生体膜を隔てた物質輸送制御は、細胞の生存に必須の要件である。生体膜は、溶存ガスやステロイド等の非極性分子を自由に透過させるが、 イオンや荷電分子を透過させない半透膜である。イオンをはじめとする荷電生体分子は、生体膜に存在する様々なトランスポーターやイオンチャンネルを介して自律的かつ選択的に輸送される。 また、細胞膜を自由に透過できない生体高分子は、エンドサイトーシスの過程を経て膜輸送される。この際、物質は被覆小胞内に閉じ込められた状態で膜輸送される。小胞体は細胞膜と融合するため、細胞の内と外は隔離されたままである。

近年、遺伝子工学や細胞治療の研究の進展にともない、標的物質を高効率かつ安全に細胞質に送達する材料や技術の開発が盛んにおこなわれている。ウイルスの細胞内進入機構に倣い、細胞膜バリアを大きく乱すことなく標的分子を侵入させる細胞膜透過ペプチドが注目を集めている。 一方で、人工材料による細胞膜透過現象はほとんど知られていない。合田研では、両親媒性のリン脂質模倣高分子が細胞膜を透過する新しい現象を見出した。この細胞膜透過現象は、受動拡散によっておこり、膜を隔てて双方向性を有する。 したがって、細胞の代謝依存的なエンドサイトーシスとは全く異なる機構である。膜透過性は高分子の両親媒性に大きく依存する一方で、高分子の分子量には依存しない。また、細胞膜を透過した後の高分子は、細胞内小器官に自由にアクセスできるため、 リガンド分子を修飾したPC含有高分子を用いると、目的のオルガネラに局在させることが可能である。興味深いことに、細胞膜透過に由来する細胞毒性や細胞膜障害性は観測されない。 両親媒性のリン脂質模倣高分子の細胞膜透過は、高分子に核酸を担持した状態でもおこることが確認されている。生体膜のバリアを越える本技術は、今後、細胞内への高効率な薬物送達や、遺伝子導入キャリアとしての応用が期待される。

参考文献

プロトンを用いた究極感度を有する生体バリア評価法の開発

細胞の皮膚と例えられる細胞膜は、厚さ6-10nmの脂質二重膜からなる自己組織化分子膜であり、細胞質と外界を隔てる物理的な障壁である。近年、様々なナノ材料を用いて効率的な遺伝子導入や細胞治療、 一分子イメージングをおこなう取り組みがなされている。薬物や遺伝子を細胞に効率的に導入するためには、脂質二重膜のバリアを回避する必要がある。一方で、物理化学的な刺激による細胞膜の破壊はCa2+・Na+・K+等の細胞内外への 受動拡散的な流出入や、細胞質タンパク質やATPの漏出を引き起こし、最終的には細胞死を招く。したがって、細胞膜障害性のないキャリア材料を開発する必要がある。

現状の細胞膜障害性試験としては、赤血球の溶血性試験や乳酸脱水素酵素(LDH)アッセイ、カルセイン漏出アッセイなどが挙げられる。これら既存の試験法は、ダメージを負った細胞膜を透過・漏出するタンパク質を測定することから、 タンパク質(直径数nm)よりも小さい空孔は検出できない。また、キャリア材料との複合体形成により、タンパク質の性質が変容して細胞膜を通過してしまう場合や、キャリア分子の作用によって細胞の代謝が変化し、 マーカータンパク質が細胞外に放出される場合があり、細胞膜障害性を正確に測れない。さらに、既存の試験法は、エンドポイントアッセイであることから、経時的な情報が得られない。

上記の課題を解決するために、新たに水素イオンを指標とした新しい細胞膜障害性の測定方法を提案する。水素イオンは最小分子であるが、正常な細胞膜のリン脂質二重層は透過できない。 このことに着目して、細胞とpHセンサであるイオン応答性電界効果トランジスタ(ISFET)を組み合わせ、既存の赤血球溶血性試験で測定できない細胞膜分子ポアの検出を可能にした。ISFETは小型化・集積化が容易な半導体デバイスであり、 ゲート絶縁膜である金属酸化膜表面の水酸基と溶液中の水素イオンの平衡反応をネルンスト応答としてラベルフリー・リアルタイムにpHを計測できる。

参考文献