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研究内容

有機溶媒耐性微生物および有用酵素

研究の背景

 当研究室では、極限環境微生物の中でも主に「有機溶媒耐性微生物」や「有機溶媒耐性酵素」に関する研究を行っている。有機溶媒の多くは生物に対して毒性(生育阻害)を示す。有機溶媒が存在する環境は、生物にとって極限環境の一つであり、近年まで、トルエンやキシレンなどの有機溶媒は、微生物にとって猛毒であると考えられてきた。しかし、このような有機溶媒を大量に含む培地においても生育する微生物が、井上、掘越によって分離された (Nature, 388:264(1989))。この報告が発端となり、現在では、国内外の様々な研究グループが、有機溶媒耐性微生物の研究を行っている。
 有機溶媒耐性微生物は、有機溶媒が存在する条件でも有機化合物の生産や変換を行うことができる。このため、水には溶けにくいが、有機溶媒には易溶性の疎水性物質などを有機溶媒に溶解して、微生物培養液に添加して効率的な変換反応を行う試みがなされている。特に、有機溶媒存在下で補酵素の供給、再生などを必要とする反応には、有機溶媒存在下において生育可能な有機溶媒耐性微生物を用いることにより、効率化が期待できる。また、有機溶媒耐性微生物は、原油流出事故や疎水性有機化合物による環境汚染の際などのバイオレメディエーションへの応用も期待されている。

有機溶媒耐性微生物の研究

有機溶媒耐性微生物を用いた微生物変換法の開発

 有機溶媒耐性微生物の様々な種類の高濃度有機溶媒存在下において生育できるという性質は、先に述べた有機溶媒存在下における難水溶性物質などの微生物変換反応に利用することができる。これまでに、二相系を用いた反応により、
・コレステロールの酸化物の生産
・リトコール酸からのステロイドホルモン前駆体の生産
・青色染料のインジゴの生産
などの研究を行ってきた。図には、インジゴ生産菌からインジゴ生産に関与する遺伝子(Acinetobacter属細菌由来の芳香族化合物酸化酵素)をクローニングし、この遺伝子を有機溶媒耐性大腸菌に導入した組換え体を用いて、有機溶媒存在下でのインジゴ生産を調べた結果を示した。基質のインドールは培地中に高濃度に添加すると微生物に対して生育阻害を示すが、有機溶媒を培養液に添加した二相系では添加したインドールの多くが有機溶媒相に分配し、培地中に分配されるインドール濃度が低下するのでその毒性を緩和することができる。この結果、比較的毒性の低い有機溶媒存在下で、変換反応を行うと、インジゴ生産効率が向上する。図のように、上記の遺伝子を導入した大腸菌は有機溶媒存在下でインドールから効率よくインジゴを生産した。

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大腸菌の有機溶媒耐性機構の解析

 有機溶媒耐性微生物が有用な反応を触媒する機能を有していれば、この有機溶媒耐性微生物をこのまま有機溶媒存在下における変換反応に利用することができる。一方、有機溶媒耐性微生物が有用な反応を触媒する機能を有していなければ、有用反応を触媒する酵素遺伝子を導入して発現させ、利用する方法もある。つまり、有機溶媒耐性微生物を有用酵素遺伝子発現のための宿主として用いる方法が考えられる。大腸菌は、Pseudomonas属細菌に準じて有機溶媒耐性度が高く、宿主-ベクター系が確立されており、変換酵素系遺伝子群を発現させるための宿主として用いることができる。青野(東工大)らは、突然変異などの方法を用いた育種によって有機溶媒耐性度が逐次的に向上した変異株を構築し、それらの有機溶媒耐性機構について検討した。この結果、細胞表層の疎水性度の違いが、有機溶媒耐性度の違いに関連することや、薬剤などのストレスに応答する遺伝子marA, robA, soxSの多コピ−化による過剰発現により宿主大腸菌の溶媒耐性度が向上することを示した。また、これらの遺伝子の制御下にあるAcrAB-TolC薬剤排出ポンプが、大腸菌の有機溶媒耐性に寄与する重要な機構であることが示されている。当研究室では、有機溶媒耐性を有する大腸菌変異株を取得して、この菌株の有機溶媒耐性機構の解析を行っている。この結果、浸透圧調節に関わるタンパク質が大腸菌の有機溶媒耐性に関与することを見出している。
 大腸菌から構築された有機溶媒耐性変異株や有機溶媒耐性機構の知見が有機溶媒を含む反応系におけるバイオプロセスの開発に大きく寄与するものと期待される。
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有用酵素の探索と応用

熱、界面活性剤、有機溶媒耐性コレステロールオキシダーゼ

当研究室では、有機溶媒耐性のコレステロール変換細菌Burkholderia cepacia ST-200株から新規なコレステロールオキシダーゼを見出して研究を行っている。また、ST-200株のコレステロールオキシダーゼの知見を基に、新たにコレステロールオキシダーゼを生産するChromobacterium 属細菌DS-1株を探索した。本菌の生産するコレステロールオキシダーゼは既知のコレステロールオキシダーゼの中では最も耐熱性が高く、有機溶媒や界面活性剤に対しても高い耐性を示すことが分かった。また、University of California, Santa Barbara のMartin Sagermann 博士との共同研究により、X線結晶構造解析にも成功した(図)。
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有機溶媒耐性コレステロールエステラーゼ

 コレステロールエステラーゼは主に血中コレステロール濃度の測定に使用される臨床検査用酵素として用いられている。コレステロールやコレステロールエステルは不溶性であるため反応液中に有機溶媒や界面活性剤が添加されている。しかし、市販されているコレステロールエステラーゼの多くは、有機溶媒や界面活性剤に対して不安定である。有機溶媒耐性微生物のB. cepacia ST-200株からコレステロールエステラーゼを精製して解析した結果、本酵素は市販の酵素に比べて有機溶媒存在下における安定性が高く既知の酵素よりも有用であることが示された。

有機溶媒耐性アミラーゼの探索と解析

当研究室では、様々なアミラーゼのうち有機溶媒耐性のシクロデキストリン(CD)合成酵素(CGTアーゼ)や有機溶媒耐性のマルトオリゴ糖生成アミラーゼを探索し、解析を行っている。これらの酵素生産菌は有機溶媒存在下で探索された細菌である。CGTアーゼはデンプンから環状オリゴ糖を生成する酵素である。環状オリゴ糖には、グルコース6個からなるα-CDや7個からなるβ-CD、8個からなるγ-CD等がある。我々が探索した有機溶媒耐性のCGTアーゼ(Paenibacillus illinoisensis由来)は、通常のデンプンを含む反応液において、α,β,γ-のCDをそれぞれ24%、69%、7%の割合で生産したが、反応溶液中にエタノールを添加すると、この割合が変化し、α,β,γ-のCDの割合がそれぞれ12%、82%、6%となった。また、収率もエタノールを添加することで、33%から45%に向上した。つまり、エタノールを添加することで生産物の選択性が変わり(β-CDが選択的にできるようになる)、収率も向上することが示された。
 一方、マルトオリゴ糖生成アミラーゼは、デンプンからマルトオリゴ糖を生成する酵素である。当研究室で探索したマルトオリゴ糖生成アミラーゼは、通常のデンプンを含む反応液において、グルコース3個が結合した主にマルトトリオース(G3)を生産したが、副産物としてグルコース(G1)やグルコース2個が結合したマルトース(G2)やグルコース4個が結合したマルトテトラオース(G4)が生産された。反応液にエタノールなどの有機溶媒を添加すると、収率は若干低下したもののG3生産の選択性が高まることが見出された。
 上記の結果から、アミラーゼの反応を有機溶媒中で行うことにより、生産物の割合を制御したり、収率を向上させることができることが示された。また、このような反応には有機溶媒耐性の酵素が有用でることが示された。