階層システムは、複雑なシステムを解析的に研究するための道具である。必ずしも階層的に見えないシステムであっても、それを階層的に認識し、数理的に表現し、解析することで、より深い結果を導くことができる。そこに独自の研究方法論がある。この階層的な認識方法を用いて、「情報システムの設計論」や「組織の設計論」を展開しているのである。
調整の例
簡単な2人ゲームを考えよう。いまAさんとBさんがゲームを行なっており、両人とも次表のような組み合わせで利益を得るものとする。
A \ B | 強気策 | 弱気策 |
---|---|---|
強気策 | 損 | 得 |
弱気策 | 得 | 損 |
たとえば次の調整方式は、相互作用予測原理と呼ばれている。
(1)調整者はひとつの組み合わせ(たとえばA:強気策、B:弱気策)を仮案として考える。
(2)調整者は、Aに「Bの策」を知らせ、Bに「Aの策」を知らせる。
(3)プレイヤA、Bは、それぞれ、自分にとって最良の策を考える。
(4)プレイヤA、Bは、自分にとって最良の策を調整者に報告する。
(5)調整者は、仮案の組み合わせと報告の組み合わせが一致したときにOK(実行せよ)という。
(6)一致しないときは別の仮案をたてて(1)から繰り返す。
この調整方式では、異なる戦略の組み合わせのとき、仮案と報告が一致し、両人とも得をすることになる。この調整方式の特徴は手順(2)にある。調整者は自分の仮案を各プレイヤに押しつけるのではなく、その人以外のプレイヤが何をするつもりかだけを知らせるのである。したがって、その人自身が考える余地が残っている。つまりある程度の自由が残されている。これが「分散」ということの意味である。 また、調整者を考えることは、ゲーム理論にはない考え方である。実際これはゲーム理論ではなく、分散システム理論や階層システム理論に属する。
組織の問題
ここで重要なことは、誰もが全体の利益を真剣に考えていないし、おまけに各人は簡単な作業しかしていないということである。調整者は仮案と報告が一致することしか考えていない。AとBは自分の利益追求しか考えていない。にもかかわらず両名は得をして、めでたしめでたしという結果になる構造となっている。一般に次のことが知られている。「ゲーム理論の意味で純粋のナッシュ均衡が存在するならば、上の調整方式の解はナッシュ均衡解と一致する」。(相互作用予測原理という調整方式はプラントや電力網の分散制御方式であるが、ナッシュ均衡という概念は社会科学でよく現われる概念である。)
この結果を組織の側面から考えると「多様な価値観をもつ人間の組織でも、適切な調整をとれば(多少の不満が残るかもしれないが)全体としてはうまくゆく可能性がある」ということを示している。また一人当たりの作業量がすくなくてすむという側面から大胆にいえば、「有限の能力を組み合わせて全体として高い効率をあげることができるか」という問題にまで発展してゆける。
こういうことを含めて「組織の問題を数理的に定式化し、証明をあたえ、原理を発見すること」が、最近の私の研究である。