hierarchy and coordination

階層と調整

 わたしの最近までの研究の特徴は、「調整」というキーワードを中心に、階層的なシステムの数学的な一般理論を発展させて、情報システムの設計論や組織現象の分析や設計論を展開することにあった。


階層システム

 ここでいう階層システムは意思決定を要素とし、それらが階層的に配置されており、メッセージを交換しながら共同作業を行なうシステムのことである。今のところ,その研究枠組みは「意思決定の調整:調整理論の枠組み」東洋大学経営論集41号 (1995.3)において提示されている.

 階層システムは、複雑なシステムを解析的に研究するための道具である。必ずしも階層的に見えないシステムであっても、それを階層的に認識し、数理的に表現し、解析することで、より深い結果を導くことができる。そこに独自の研究方法論がある。この階層的な認識方法を用いて、「情報システムの設計論」や「組織の設計論」を展開しているのである。


現在の興味「調整」

 東洋大学経営学部に奉職後、現在は組織の理論に興味がある。つまり複数の意思決定を要素とするシステムの研究を行なっている。ひとつの意思決定は目標追求システム(と呼ばれるモデル)として定義される。これは、環境のモデルを内部に持ち、それをいろいろ操作することによって解(最適解、満足解)をだし、問題解決をはかろうとする活動のモデルである。しかし、複数の意思決定が相互作用する全体を考えれば競合的状況(コンフリクト)が発生する。「あちらを立てれば、こちらが立たず」という状況では「調整」が必要となる。そこで、どのような調整方式があるのか、そのメカニズムはなにか、ということが問題となる。これが現在の興味である。

調整の例

 簡単な2人ゲームを考えよう。いまAさんとBさんがゲームを行なっており、両人とも次表のような組み合わせで利益を得るものとする。

利得表
A \ B強気策弱気策
強気策
弱気策

 どちらも強気策でいくか弱気策でいくかを悩んでいる。これは「二人が同じ戦略で戦えば共に損をして、異なる戦略で戦えば共に得をする」状況である。ここで、AさんとBさんの利得表は同じであるが、互いに情報交換をすることができなくて、相手の利得表さえも知ることはできないものとすると、どうしても第3者の助けを借りて調整してもらう必要がある。一体どんな調整方式が考えられるだろうか。

 たとえば次の調整方式は、相互作用予測原理と呼ばれている。
(1)調整者はひとつの組み合わせ(たとえばA:強気策、B:弱気策)を仮案として考える。
(2)調整者は、Aに「Bの策」を知らせ、Bに「Aの策」を知らせる。
(3)プレイヤA、Bは、それぞれ、自分にとって最良の策を考える。
(4)プレイヤA、Bは、自分にとって最良の策を調整者に報告する。
(5)調整者は、仮案の組み合わせと報告の組み合わせが一致したときにOK(実行せよ)という。
(6)一致しないときは別の仮案をたてて(1)から繰り返す。

 この調整方式では、異なる戦略の組み合わせのとき、仮案と報告が一致し、両人とも得をすることになる。この調整方式の特徴は手順(2)にある。調整者は自分の仮案を各プレイヤに押しつけるのではなく、その人以外のプレイヤが何をするつもりかだけを知らせるのである。したがって、その人自身が考える余地が残っている。つまりある程度の自由が残されている。これが「分散」ということの意味である。  また、調整者を考えることは、ゲーム理論にはない考え方である。実際これはゲーム理論ではなく、分散システム理論や階層システム理論に属する。

組織の問題

 ここで重要なことは、誰もが全体の利益を真剣に考えていないし、おまけに各人は簡単な作業しかしていないということである。調整者は仮案と報告が一致することしか考えていない。AとBは自分の利益追求しか考えていない。にもかかわらず両名は得をして、めでたしめでたしという結果になる構造となっている。一般に次のことが知られている。「ゲーム理論の意味で純粋のナッシュ均衡が存在するならば、上の調整方式の解はナッシュ均衡解と一致する」。(相互作用予測原理という調整方式はプラントや電力網の分散制御方式であるが、ナッシュ均衡という概念は社会科学でよく現われる概念である。)

 この結果を組織の側面から考えると「多様な価値観をもつ人間の組織でも、適切な調整をとれば(多少の不満が残るかもしれないが)全体としてはうまくゆく可能性がある」ということを示している。また一人当たりの作業量がすくなくてすむという側面から大胆にいえば、「有限の能力を組み合わせて全体として高い効率をあげることができるか」という問題にまで発展してゆける。

 こういうことを含めて「組織の問題を数理的に定式化し、証明をあたえ、原理を発見すること」が、最近の私の研究である。


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