1.はじめに
音(楽音)をデジタル処理するには2種類の方法がある.ひとつは音のアナログ波形をデジタル近似したものでPCM (Pulse Code Modulation)方式という.もうひとつは楽譜(音階や効果)を記号で直接記述するMIDI (Musical Instrument Digital Interface)方式である.ここでは,多様なデジタル音楽の世界について,大まかなところを説明します.
2.PCM方式の音楽
1)アナログ音楽のPCMデータ
音は空気の振動で伝わる.振動は空気の圧力の変化として計測できる.計測すると振動は波の形をしている.アナログである.これを微小な時間間隔で記録をとることをサンプリングという.ひとつのデータは数値の組で(時刻,圧力値)の形をしている.デジタル化されたことになる.こういうデータを1秒間に22,000回記録するなら,22KHzのサンプリングとなる.時間間隔が短ければ短いほどデータの正確さは増すけれど,データの量が多くなる.適当なところで手を打って,44.1KHzが標準である.結局サンプリングは,アナログ波形をデジタル近似したものである.みなさんが音楽を楽しむときに聞く音楽CDには,このような大量の数値データ(CD Audio形式)が記録されているのである.
さて,デジタル近似されたサンプリングデータを,なめらかな波形に戻すことができる.もちろんCDプレーヤーはそれをしながら音楽を再生している.さらにパソコンで音楽CDを再生することもできる.パソコンのCDドライブに音楽CDを挿入し,音楽CD再生のためのソフトを起動すればいい.ただし,いいスピーカをつけないと良い音はでません.
2)パソコンへ取り込む
音楽CDではトラックという単位でひとつひとつの曲を扱うが,ファイルという概念はない.そのままパソコンのハードディスクに複写しても無理がでる.そこで音楽CDの1曲を,サウンドファイル(Mac: AIF, Win: WAV, Unix: au)に変換して,ひとつのファイルとしてパソコンに取り込むことになる.そのためのソフトは、一般にリッパーと呼ばれる。たとえば,シェアウエアソフトのAudioCDImporter for Macは,そのような仕事をしてくれる.このソフトを使うと,複数のCDのなかから希望の曲だけを抜き出してまとめることができる。それらをひとつの記録可能CDに焼いたりDVDに保存することもできる.焼くときにはCD/DVDライターソフトを使用する。
3)データの圧縮
しかし音楽CDのデータは大量すぎる.たとえば2分間の曲を,AIFF形式にしてパソコンに取り込んでも,20MBの容量になる.インターネットで伝送したりパソコンの中のハードディスクに蓄積するには,もっと小さくしておきたい.そこでデータ圧縮の技術が登場する.
たとえばMP3方式(正式にはmpeg1レイヤー3)というのは,大容量データを圧縮して小さくする方法のひとつである.データ圧縮技術は音楽に限らず静止画像でも動画でも圧縮してしまう.2分間の曲なら2MBくらいに圧縮できる.本当はもっと小さくしてほしいけど,これくらいならインターネットでもなんとかがまんして伝送できる.速度28Kbpsのモデムなら10分で取得できる.圧縮するソフトや再生するソフトは,たいていのMP3音楽データ販売ホームページから取得できる.取得したMP3音楽データは,たとえばシェアウエアのWinAmpやMacAmpというソフトで再生して,パソコンのスピーカで聞くことができる.また小型のMP3再生専用ハードウエアも登場している.というわけで,1999年時点ではMP3方式で圧縮したものを伝送することで,音楽のインターネット販売をする会社が登場している.
3.ストリーミング配信
サンプリングするのは音の波形なのだから,実は音楽だけでなくニュースや自分のお話しでもなんでも上の方式でデジタル化して伝送することができる.最近のパソコンにはマイクもスピーカも内蔵している.だから自分の声や音楽演奏をパソコンに録音することができる.そして上記の手順で圧縮し,ホームページに公開することができる.するとインターネットに接続しているどんな人もあなたの演奏データを取得することができるのである.
しかし,録音のカタマリを渡してしまうのであるから,それを違法コピーして第3者に販売することを防ぐことはできない.つまり著作権の侵害がおこるのである.そこで,音のデータを圧縮することはするのだが,カタマリを渡さないでリアルタイムに垂れ流してしまう伝送方式も考えられる.これがストリーミング配信である.ただし,流したデータを保存できないように受信ソフトを作り込んでおくのである.無料配布されているrealPlayerという受信ソフト(pluginもある)がそれである.このソフトrealPlayerはTVみたいなもんで,動画も音声も流れてくる.しかし現在のインターネットは,低速度(小容量)なので,動画や音声の垂れ流しは困った問題ではある.
4。著作権保護技術
反対に、音楽データをパソコンに蓄積するほうが使い勝手がいいというユーザもたくさんいる。それで著作権が守りきれるだろうか。現在は、著作権を守って欲しい音楽業界が、さまざまな工夫をしている段階である(2002.2)。
標準化推進団体 OpenMG.org http://www.openmg.com/jp/
5.MIDI方式の音楽データ
上述のPCM方式は,どんな音でもデジタル化することができる(ほとんど)万能の方式である.しかし,データ量がかさむし,修正や編集は根本的にはできない.たとえば5分間のデータを,真ん中の2分間を削除するなどのちょっとした修正はできるが,音楽演奏で1音まちがえた時,バイオリンの音は変更しないが,ピアノのレの音をミの音に変更し,4分音符を8分音符2つに変更するなどといった根本的な修正はできないのである.
そこで,人声(ボーカル)や雑音を無視して,「楽器だけを使う音楽」に注目すると,莫大にデータ量を減らしてクリアな音を再現することができる.楽器が鳴らす音なら,たとえば「ドレミファソラシド」の音階は"cdefgab"と表記することができる.たったの7バイトじゃないか.つまり音符そのものを記述すれば良いのである.あるいは「楽譜」を電子化するのである.実際には"cdf"と表記するのではなく,音の高さ(高音のドか低音のドか)や音の長さ(いつ鳴らし始めて,いつ終了するか),音の立ち上がり方(ぐいーん,ぼよよーん)なども記述することになる.これがmidi方式の基本的な考え方である.2分間の曲なら,100KB以下のデータ量になる.
midiの基本的な記録フォーマットはSMF(standard midi file)である.そこまではいい,つまり音楽会社の間で「記録方式」の互換性がある.しかしながら,人間の欲求はとまらない.音色(ピアノ,バイオリン,etc.)の数を増やし,効果のつけ方をさまざまに微調整したくなる.そこで当初の規格を拡張したものがでてきた.これが音色配列フォーマットである.音色配列というのは「どの番号をどの音色に割り当てるかの対応づけ」のことである.一応の業界標準はGM規格(各社に互換)だったが,現在では各社が「さらに拡張」し,ヤマハがXG規格を,ローランドはGS規格を提案している.もはや「音色」の互換性はない.鳴ることは鳴る(こともある),しかし消音つきトランペットの音色のはずがバイオリンのピチカート音だったりするわけである.
したがって音楽データの取得には,音色配列フォーマットがXGかGSかに注意して,自分のもっている再生ソフトや再生機器(音源)に合ったものを選択しなければならない.midi音楽配信会社,たとえばmidiPalでは,ひとつの曲にふたつのフォーマットで保存し,販売している.お客が選択して購入することになる.1曲2百円くらいだ.
2001年より、midiストリーム配信も開始されている。これはPCM方式とmidi方式を組み合わせて使用する。まずPCM音声による曲の解説を行ない、それからmidi曲を流す、それを繰り返すことができる。もちろんPCM曲でも可能である。したがってオンデマンドのラジオ局を開設することができるのである。
参考:music-eclub http://www.music-eclub.com/
6.midi音楽の楽しみ方
音楽には,演奏するたのしさ,聞くたのしさ,作曲するたのしさがある.それぞれについて,おおまかに説明しよう.
1)音楽を聞く
聞くのが好きなら,ホームページからmidiデータを取得すればよい.そして音源つきパソコン(にスピーカをつけて)で鳴らすか,そとづけ音源機器にデータを送って,それで鳴らすかする.たとえば坂本龍一は,自分の演奏が直接midiデータとなるので,多くのデータがインターネットで販売されている.
(初級)多くのパソコンには、midi曲を鳴らすソフトが、あらかじめインストールされている。WWWブラウザ(のplugin)でmidi曲が鳴るし、単体ソフトでもMicrosoft社の Media PlayerやApple社のQuickTime PlayerやReal Communication社のRealPlayerはそうである。ということは、あらかじめ音源がはいっている、ということになる。Windowsならコントロールパネル「マルチメディア」で確認できる。
(中級)しかし、それらの音ははっきりいって粗雑である。音質にこだわらない人でも気になるときがある。そういうときは、外付け音源機器を接続するか、あるいはソフトウエアでパソコンの音源を品質のいいものにすることになる(例:ヤマハSoftSynthesizer)。
2)演奏する
電子楽器(midi対応)を演奏するのが好きなら,どうぞ演奏してください.野球だって自分がプレイするのは好きだが,他人のプレイをみるのは嫌いという人がいるではないか.最近の電子楽器はすごい.右手でメロディーさえ弾けるなら,左手は指一本で伴奏を奏でることができるし,自動的にしゃれた音を挿入してくれたりする.素人でも,ものすごく楽しく演奏することができる.
そんなあなたの演奏はmidiデータとなって、その楽器やパソコンのディスクに記録される.必要なら,そのファイルをmidi編集ソフト(シークエンサー)で修正することができる.1音のミスでも修正ができるし,はてはピアノで弾いた曲の音色を変更し,クラリネットの音色で鳴らすこともできる.簡単な修正なら,シェアウエアのmidigraphyというソフトで,それができる.市販のソフトも多数ある.
修正したものは,音源つきパソコン(にスピーカをつけて)で鳴らすか,そとづけ音源機器にデータを送って,それで鳴らすかする.単体の音源にフロッピーを挿入して鳴らすこともできる.音源の単体機器がなくても,さっき演奏した電子楽器が音源内臓なら,修正後の音楽をそれで鳴らせます.音源内臓の電子楽器は,たとえばヤマハのclavinovaというのがあります.
ここで注意.たとえば電子ピアノには,ピアノの音色しか入っていません.電子ドラムにはドラムの音色しか入っていません.そうではなく,さまざな音色をもっているものを,この解説文では「音源」といってます.それにスピーカをつけて音を鳴らします.音源はmidiデータを音に再生するときにだけ必要です.音楽CDなどのサンプリングデータを再生するときにはいらないのです.
(上級)本格的になれば、複数の音源が接続されたシステムを組むことになるでしょう.ひとつの曲の前半をヤマハの音源で演奏し、後半をローランドの音源で演奏する、しかもイフェクト装置を間にかませるなどというこだわりがでてきたりするからです。こうなると、さまざまなマシンがmidiケーブルで接続され、ネットワーク化されるので、それらを管理し制御するスタジオソフトが必要になってきます。データの流れを制御しながら演奏することになります。この分野(プロの世界)ではMacintoshパソコンの独壇場だということです。
参考:Open Music System http://www.opcode.com/
日本語版 http://www.cameo.co.jp/audio/main/product/opcode/oms/oms.htm
3)作曲する
作曲が好きな人は,midiで作曲しよう.これがいわゆるDTM(desktop music)である.さて,パソコンでシークエンサーソフトを起動し,いきなり楽譜を書くこともできる(ステップライト入力).しかし,できあがるのは平板な響をもつ曲である.それを手で修正してゆくこともできるが,実際に鳴らしたい音(意図する音)というのは楽譜通りではなく,微妙に遅れたり,早かったりするものです.やはり微妙な音をだすには,音符を手で入力するには無理がある.
ふつうはキーボード(パソコンのではなく,ピアノやオルガンの鍵盤の形をしたもの)で入力するのが,やっぱり早い(リアルタイム入力).そして修正する.現在,キーボード入力を直接鳴らしながらデータを保存し,あとで編集する機能をもつ音源の単体機器が安く市販されてます.しかし,たいていは,パソコン,音源(パソコンに内臓も可能),キーボード,スピーカが接続されたシステムを組むことになるでしょう.
7.まとめ
さまざまな音楽の楽しみ方がある.その楽しみ方に応じて多様なシステムがそろってきたというのが現状である.
クラシック曲やオペラが好きで,どの楽団のどの指揮者の西暦何年のまでにこだわる人は,音楽CDのほうがいい.現代音楽でもボーカルの入った曲の作曲者や演奏者や聞き手,演奏会場の臨場感まで体験したい人も音楽CDがいい.あるいは,それをMP3方式で圧縮したものをインターネットで取得して聞いてもいい.これはデジタル近似されているとはいえ,実はアナログの世界である.いったん空気の振動を経過しているのである.そして自分でその曲の加工はできない.それでもいいんです.名演奏を自分が加工するなんて冒涜でしょう.
これに対して,midiは音符を直接記述するのである.要するに楽譜データ+効果のデジタル世界である.だから聞く,作曲する,演奏する,編集・加工が思いのままである.空気振動を経ていないので,音がクリアである.楽器演奏に特殊化しているのでデータ量が少ない.しかし残念なことにボーカルや拍手や演奏会場のざわめきはない.この欠点はけっこう致命的である.がしかし,それでいいんだという人はいるのである.とくに生の楽器の生演奏にこだわらずに作曲する人や演奏を楽しむ人にはうってつけではなかろうか.